Jリーグにおいて、国立競技場でのホームゲーム開催はひとつのトレンドとなっている。なかでも清水エスパルスは、2022年にクラブ創立30周年を記念して16年ぶりの国立開催に踏み切って以降、毎シーズン5万人を超える大観衆を動員し続けている。対戦相手の所在地にかかわらず、これだけの集客をコンスタントに実現できる背景には、確固たる構造的な理由が存在する。
静岡から首都圏へ流出する「静岡ダイアスポラ」
第一の理由は、静岡県が直面するシビアな人口動態の現実である。2022年の住民基本台帳人口移動報告によれば、静岡県全体で4,658人、静岡市単体でも1,379人の転出超過が記録されており、若年層を中心とする首都圏への人口流出が恒常化している。進学や就職を機に上京し、そのまま定住する人々は「静岡ダイアスポラ」と呼ばれ、首都圏に数十万人規模で存在すると推計されている。彼らは幼少期からサッカーに親しんできた有望な見込み客であるが、物理的・経済的な距離によって日常的にスタジアムへ足を運ぶのが難しい「休眠層」となっていた。
本拠地の限界と過密な地域市場
第二の理由は、現在の本拠地であるIAIスタジアム日本平(アイスタ)の構造的限界と、県内の厳しい市場環境である。アイスタの収容人数は約2万人規模にとどまるため、興行としての収益には必然的な上限が存在する。加えて、観客席の屋根のカバー率が26%にとどまりJリーグの施設基準を満たしていないことや、丘陵地に位置することによるアクセスの不便さが事業成長のボトルネックとなっている。
さらに、かつて「サッカー王国」と呼ばれた静岡県内には現在4つのJリーグクラブがひしめき合っており、限られた商圏で激しい顧客獲得競争が繰り広げられている。薄利な財務構造から脱却するためには、物理的制約から解放された巨大な舞台を利用して、一度に莫大な収益を生み出すイベントが必要不可欠であった。
「東京もホームだ」という発想の転換
このような背景から、2022年以降の国立開催は「ファンがいる場所が、もう一つのホームである」という発想の転換に基づいている。クラブは「おかえり、国立(ここ)は静岡」というキャッチコピーを打ち出し、首都圏で暮らす静岡出身者に対してまるで故郷に帰省したかのような空間を提供することで、郷土愛やシビックプライドを深く刺激した。
このマーケティング戦略は、Jリーグが推進する「THE 国立 DAY」構想とも合致し、首都圏に眠る潜在ファンを強力に掘り起こすことに成功したのである。
メガイベントの事業的インパクトと未来への布石
国立開催は、クラブに多大な経済的波及効果をもたらしている。アイスタの約2.5倍から3倍にあたる5万人超の観客を一度に集めることで、チケット収入やグッズ販売が爆発的に伸びる。それだけでなく、全国ネットでのメディア露出を通じて、ナショナルスポンサーを獲得するための強力な営業材料としても機能している。
また、現在検討が進められているJR清水駅東口への新スタジアム構想を前に、クラブの動員ポテンシャルを鈴与グループなどの潜在的な投資家へ実証する「プレゼンテーションの場」としての切実な役割も担っている。
5万人の熱狂が抱える光と影
一方で、この戦略はサポーターの間に複雑な葛藤を生んでいる。クラブの厳しい財務状況を補うための現実的な戦略として支持される半面、批判的な意見も根強い。本来であれば地元で生み出されるはずの経済波及効果が東京へ流出してしまうことや、特有の威圧感を持つ「要塞」としてのホームアドバンテージが失われてしまうことへの危機感が指摘されている。
実際、国立開催での勝率は決して高くなく、事業面の大成功にピッチ上の結果が伴わないというジレンマを抱えている。2026年5月のガンバ大阪戦でも、リーグの最多入場者数記録を更新する53,439人を動員しながら、結果的に逆転負けを喫してしまった。
持続可能な成長に向けて
人口減少と東京圏への一極集中が加速する中、地方のプロスポーツクラブは従来の地理的な枠組みに固執していては生き残りが難しくなっている。清水エスパルスの国立開催は、地方から流出した人々を広域的な資産として捉え直し、ビジネスの成長につなげる合理的なアップデートの形である。
今後は、5万人を集める最高の舞台に見合った競技力と勝利を安定して届け、集まった休眠層や新規層を日常的なファンへと引き上げていくことが、クラブの中長期的な成長の鍵を握っている。