
「トータルフットボール」という美しく革新的な哲学をサッカー界にもたらしたオランダ代表は、現代において新たなフェーズへと突入している。かつての彼らはボール保持を至上命題としていたが、近年はより実利主義的で守備の安定性を重視するスタイルへと移行した。ロナルド・クーマン監督の指揮下にある現在のチームは、強固なディフェンスラインからのビルドアップと、攻守のトランジションの効率性を極めて高く設定しており、欧州トップクラスの競争力を維持している。2026年ワールドカップで対戦する日本にとって、このオランダは強大な壁として立ちはだかるだろう。
戦術・フォーメーションの特徴
クーマン監督は国際大会の短期決戦を見据え、チームに高度な戦術的柔軟性を植え付けている。伝統的な4-3-3をベースとしながらも、試合の状況に応じて4-2-3-1や3-5-2などへシームレスに陣形を変化させる。
攻撃面で最大の特徴となるのが、ビルドアップ時に中盤で形成される「四角形」のメカニズムである。右ウインガーが中央のハーフスペースへと絞り込み、空いた右の大外レーンには右サイドバックが高い位置まで押し上がる。同時に逆の左サイドバックは後方に留まって疑似3バックを形成し、守備的ミッドフィルダーが降りてくることで、ピッチ中央に四角形の配置を作り出す。この連動した動きは、中央での数的優位の形成と、右サイドの攻撃力を最大化することを目的としている。一方、守備においては「マン・オリエンテーション」の原則を採用し、相手キープレーヤーへ直接的なプレッシャーをかけて自由に前を向かせないアプローチをとっている。

注目選手
現在のオランダは各ポジションにワールドクラスのタレントが揃っているが、中でも戦術の鍵を握る3名を紹介する。
フィルジル・ファン・ダイク
オランダの堅牢な守備構造の中心に君臨する絶対的なキャプテン。圧倒的な空中戦の強さと対人守備の能力を誇るだけでなく、正確なロングフィードや鋭い縦パスによって最終ラインから一気に攻撃のスイッチを入れることができる。
デンゼル・ダンフリース
四角形戦術において、右サイド全域を一人でカバーする攻撃の生命線。圧倒的なスピードとフィジカルを持ち、ペナルティエリア内に侵入してのヘディングで幾度もチームを救ってきた。一方で、狭いスペースでの足元の細かいプレーには課題を残している。
フレンキー・デ・ヨング
ビルドアップに不可欠な中盤のオーガナイザー。相手の激しいプレスを恐れず最後尾まで降りてボールを引き出し、卓越したドリブルとパスで第一プレッシャーラインを無効化してボールを前進させる能力は世界最高峰と言える。

日本が勝つためのシナリオ
個の能力で世界有数の陣容を誇るオランダだが、森保一監督率いる日本代表には彼らの弱点を突く明確な勝機が存在する。
第一の鍵は、システムのマッチアップによる構造的優位性の確保である。オランダの四角形戦術は、相手が5バックを採用してマンツーマン気味に対応してきた場合に機能不全に陥るという明確な弱点を持つ。日本が多用する「3-4-2-1」は守備時に「5-4-1」となり、このシステム・ミラーリングを極めて自然に実行できる。中央のパスコースを消し、あえてダンフリースにボールを持たせて孤立化させることで、オランダの攻撃スピードを劇的に削ぐことが可能となる。
第二に、ハイ・マンツーマンプレスによるビルドアップの破壊が挙げられる。オランダは後方をマンツーマンにしてハイプレスをかけられると、ボールロストを引き起こしやすい傾向がある。上田綺世や久保建英、中村敬斗らが連動して前線から圧力をかけ、デ・ヨングに対して日本のボランチが厳しくマークにつく戦術が有効に機能するはずだ。そこからの素早いショートカウンターが日本の得点源となる。
第三に、トランジション時の背後強襲である。ダンフリースが高い位置を取るため、オランダの右サイドの裏には常に広大なスペースが生まれる。ボールを奪った瞬間にこのスペースへ中村敬斗を走らせる展開は、決定的なチャンスを生み出すだろう。また、久保建英がハーフスペースで神出鬼没に動き回ることで、大柄なオランダ守備陣の後手を踏ませることも期待できる。
ただし、ファン・ダイクらを擁するオランダのセットプレーは極めて危険であり、徹底したリスク管理が求められる。自陣深くでの不必要なファウルを避け、セットプレーの機会そのものを与えないゲームコントロールが必須となる。
日本の緻密なシステム運用と規律あるプレーが噛み合えば、強豪オランダを打ち破り、世界に再び歴史的な驚きを提供することは十分に可能である。